あの池田高校を訪ねて今思うこと!

皆さん、お元気ですか?コロナ禍の中で東京オリンピック2020が遂に開幕しました。

さて、先日、出張で四国を訪問する機会を捉えて、ずっとこれまで心の中で抱いていた思いがふつふつ湧いて来るのを感じました。

それは、私タカミンが高校野球に真剣に取り組んでいた青春時代に、日本高校球界の頂点に君臨していたあの徳島県立池田高校の存在です。
畠山、水野、江上、といった当時の選手名が自然に出てくるほど、錚々たるメンバーが集まる、蔦監督率いる「やまびこ打線」集団でした。

その時代に、甲子園で夏・春連覇して、史上初の夏春夏3連覇の偉業を達成する直前で、何とあの桑田・清原のKKコンビを擁するPL学園の前に、完敗を喫しその夢は惜しくも消えてしまいましたが、今でも鮮烈にあの池田高校の光り輝く存在は印象に強く残っています。タカミンにとっても目指すべき存在でしたね。

そして、今回遂に、その憧れの池田高校を訪問するチャンスが到来したのです。

新幹線で岡山まで移動し、そこから特急電車で四国に渡り、阿波池田駅に到着、そこからタクシーに乗り5分程で、池田高校の正門前に到着しました。

池田高校の正門です

丁度お昼前の時間帯で、校舎には生徒もおり、通常通りの授業が行われている平日の日中でした。

いやー、実に普通の田舎にある県立高校なのですが、タカミンの胸の高鳴りは止まらず、本当に短時間の訪問ではありましたが、夢のような出来事でした。

そして、池田高校の野球部のグラウンドは、正門を入って右奥にあり、すぐにそこだと分かりました。
そう言えば、昔テレビでよく撮影されていた場所ですから、何度も見たことがあり、何だか懐かしい思いで一杯になりました。
県立高校の野球部グラウンドとしては実に立派で、よく整備されており、過去の甲子園での実績をよく物語っていると思いました。

グラウンドの外野の向こう奥には、山がそびえており、確か当時の水野選手が蔦監督の厳しい指導の中、その山に向かっての坂道をランニングしている姿が目に焼き付いています。

最近はめっきり甲子園から遠ざかっているようで、個人的には寂しい限りですが、またいつかあの池高の校歌甲子園で聞いてみたいですね。

そして、タカミン、今回の徳島訪問が、人生初の徳島県への訪問となりました。これで全国行脚制覇まで残すところ、鳥取県と佐賀県の2つを残すのみとなりました。

今回、池田高校を訪問してみて、やはり自分自身の青春時代のことを鮮明に思い起こすことができました。タカミンも55歳、高校球児の頃からもう40年近い歳月が流れているかと思うと、本当に時間の経過の早さを痛感します。青春時代の思い出、いいものですね。

Rユニコーンインターナショナル株式会社
代表取締役 髙見 広行

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