取引信用保険の功罪

・皆さん、お元気ですか?

・さて、本日は、最近の与信管理の世界で大きく持て囃されている債権保全スキームの一つ、「取引信用保険」について取り上げさせて頂きます。

・「信用保険」という言葉は、文字通り、火災保険や地震保険、自動車保険等の損害保険の一種であり、主にある取引先企業の信用度に対して規定の保険料を投じることで、有事の際に一定の割合で保険金を受領できる仕組みの保険です。

・所謂「倒産保険」と言い換えても良いかもしれません。万が一、取引先企業が破綻・倒産した場合に、保険金により貸倒の一部が補填されるというもので、債権保全手段の一つとして、現在では日本国内でも多くの方々が利用されています。

・因みに、この取引信用保険の発祥の地は、欧州であると言われています。欧州の会社では、原則自社の全ての取引先に対して一律に信用保険を付保する「完全包括保険」というのが基本的な枠組みであり、今でも原則その運用が為されています。優良先から問題先まで、全ての取引先に付保するというのがこの保険のカラクリの肝です。保険会社も採算が赤字では絶対に商品として提案しないわけで、その意味では興味深い商品ではあります。

・筆者も、英国ロンドン駐在時代に、この信用保険と初めて出会い、それ以降、世界各地で信用保険を駆使した与信をサポートしてきました。その意味では、今では与信管理において切っても切れない関係にあるものです。

・その最大の理由は、取引先にサイレント(内緒)で、債権保全が図れることにあります。どの営業マンもできれば避けたい面倒な担保交渉をする必要がなく、債権保全が図れるのです。同時に、保険会社は付保先の信用状態が悪化した場合に、原則、保険枠のキャンセルや減額等の措置をいつでも自由に取ることができ、これが取引先の信用状態を推し量る上でのシグナル・アラーム機能を果たすことになります。

・他方で、負の部分としては、通常の担保・保証を取得する際には、最初の登記手続費用等を除けば、基本コストが掛からないのに対して、信用保険には定率の保険料率が定められ、毎月一定の金額の保険料コストを負担しなければならないということです。採算の良い取引であれば一向に問題はないのでしょうが、低採算の取引ではこの保険料コストが重荷となり、大きな問題になる場合があります。

・現在、日本国内では、主に「セレクト型包括保険」が採用されており、欧州の大手保険会社(日本に支社あり)を含め、ほぼ全ての損害保険会社がこの種の商品を提供しています。尚、セレクト型包括保険とは、例えば取扱商品毎にとか、信用度の低い先を含む10社程度のパッケージの場合などがあり、保険代理店様経由での各保険会社とのネゴに委ねられることになると思います。スポットで1社のみに付保するというケースは基本的には皆無です。

・尚、別途、「貿易保険」というものが存在し、名前の如く、輸出取引に限定はされるものの、その中には非常リスク(カントリーリスク)と共に、信用リスクをカバーする商品もありますが、一部では付保基準が厳しいとも言われており、使い勝手はやや劣ると言われています。

・そして本題の「取引信用保険の功罪について」、次に触れてみたいと思います。

・メリットは、以下の通り。

1)今では非常に気軽に付保手続が取れる債権保全手段であり、客先には知られずに保険が付保できること(問題発生時以降、共同債権者として保険会社が債権者として登場する時に、初めて客先が保険付保の事実を知ります)。

2)付保率が通常80%〜90%に及び、自己リスク部分の欠目が非常に限定的であるということ。

・デメリットは、以下の通り。
1)付保している限り保険料コストを負担し続ける必要があること。

2)原則いつでも保険枠のキャンセルや減額改訂等の条件変更を受けるリスクがあること。

3)ある年に保険求償すれば、翌年度の保険料が上昇すること(逆にノンクレームボーナスというものも存在しますが)。

4)保険付保の可否の判断は、保険会社の専決事項であって、全て希望通りに、保険付保枠を確保できるということでないこと。

5)更に、焦付が発生した際に、貸倒金額は保険求償で減りますが、その後債権者としてのアクションは取り続ける必要があり、後ろ向きの仕事が増えること。

  同時に、共同債権者でありマジョリティーポーションを有する保険会社との連携ワークが必要になること。

・以上を総括しますと、取引信用保険は、一見便利な債権保全スキームに見えて、実際には、落とし穴がいくつも存在しているということです。その意味で、審査スタッフの方々と事前によく戦略を練った上で保険会社との交渉を行う必要があります。与信判断に大きな影響を及ぼすことになる取引信用保険の付保のあり方については、審査スタッフと密接に連携して行うことを強くお勧めします。

・そして何よりも保険料コストの「節減」も大きな課題です。メリハリを付けた形で、保険付保候補先の取捨選択を厳格に行い、その上でスケールメリットを最大限活かした形での保険契約を締結することが肝要だと考えます。

・どんな状況下でも、信用保険に決して踊らされることなく、与信管理はしっかりとした考え方の基本軸を据えて臨む必要があるということです。

・最後に、繰り返しになりますが、本件のテーマにつき大事なポイントを、以下に再度申し上げます。

1)信用保険でリスクがカバーされているから与信先の信用状態に目を光らせる必要がないというのは誤りです。

2)信用保険の付保方針の策定は、必ず審査部署と連携して一緒に進めることが必要です。

3)保険求償後の後ろ向きの業務が色々とあることを決して忘れてはならないということです。

・いつでもご遠慮なく、信用保険付保スキームについて、弊社にお気軽にご相談下さい。各社様に最適な形の保険スキームを考案しご提案させて頂きます。

リスク管理コンサル:髙見 広行

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