ロンドン駐在時代のエピソード【「ギリシア」という国に対して抱く幻想と債権回収交渉の現実(その2)】

前回の表題その1の投稿から、少し間が空いてしまいました。

与信管理の教訓事例として、過去の実体験をご紹介する投稿になります。舞台は欧州のギリシャです。

さて、ギリシャの中小企業に対して、掛け売りができる国かどうかと今問われれば、明確にNOです。

因みに、「掛け売り」とは、販売先にユーザンス期間を供与して、後払い決済で先に商品を渡すことを意味します。

特に、長期間のユーザンスを供与する与信は差し控えるべきです。

原則、前金取引か一流銀行開設のL/C取引に限定すべきだと考えます。但し、前金を払える財務体力を有する資金繰り良好の先は少なく、そうなると次にL/C取引になるわけですが、これも取引金融機関からの与信上の問題で、十分なL/C開設枠を確保できない、といった事態に直面しました。

そこで、欧州という土地柄、ビジネス取引上で一般的に使われている「信用保険」を駆使した取引スキームが俎上に上がってきました。

欧州の大手信用保険会社が提供する「信用保険サービス」を、原則全てのギリシャの取引先に、満額付保してのスキームをトライすることになったわけですが、勿論、全ての取引先に対して希望通りの保険枠が認められるわけではなく、各保険会社の実情に応じて、保険枠の認定が行われます。

また、満額と言っても、基本的には被保険者の自己負担ポーションが設定されるのが通常であり、当該取引では付保率90%で、欠目は10%、即ち自己リスクポーションは10%でした。

それでも、100%の与信リスクを負えない先に対して、90%ヘッジできるのはやはり魅力的であり、営業部にとっては取引推進の原動力になっていたのは事実です。

こうして、ギリシャ向けの非鉄ビジネスは開始され、取引量も順次急拡大していくことになります。

原則、全ての客先から決算書は取得できる形になっており、現地エージェントを通じて、ギリシャでの販売先の情報交換等はいつでも行える状態にありました。

このように、最初は、信用保険会社から出される付保枠の存在に大きく依存した与信取引になったのです。

取引当初は順調に売上を計上し、好調に推移していたかに見えた取引でしたが、徐々に綻びが現れ出します。

取引開始して3ヶ月から4ヶ月経過して訪れる最初の返済期日の到来を迎え、いくつかの先に対して早くも延滞が発生し出します。

他方で、一定の商量を捌かなければいけないという営業部の事情もあり、年間契約の形態にはなっていなかったものの、今後の出荷スケジュールだけは先行して決まっている為(予め売り成約残がある状態)、今後債権残高が増えていく見込みである一方で、上記の通り、回収に遅れが生じ始めるとなると、現状の限度額では運用が難しくなると共に、そもそもそのような状況下で新規出荷をして良いものなのかと、社内で喧々諤々の議論が沸き起こり、営業と審査の間でのガチンコ勝負が発生しました。

この流れで、営業から出てきた要請が、審査同行の下での、延滞債権の回収督促の為の現地訪問調査だったのです。

信用保険の活用の中で、ユーザーの立場でもう一つ留意しなければならないことは、保険会社は自己の判断に基づき、いつでも任意にその付保枠を減額、キャンセルできることです。同時に、ユーザーは、取引先から入手した決算書等の財務情報を保険会社にも情報共有する義務があり、また債権回収状況、とりわけ延滞情報も共有する義務が課せられています。この報告義務を履行しないと、保険求償の実行の際に制約が掛かったり、最悪、保険求償ができないことに繋がるのです。

要は、信用保険付保スキームとは、保険会社との間で共同債権者になるという位置付けを意味するもので、色々と実務上面倒なことが多いのです。

さて、延滞発生の頻度が高く、しかも延滞額が大きく膨らんだある取引先に対して、それまでに延滞債権回収交渉を何度か試みるも、全く埒が明かないと判断して、我々が取った交渉手段を一つここでご紹介します。

それは、正式なリスケには応じないものの、既に延滞している金額の一部につき、回収期日を期近で設定し、それを先日付小切手(チェック)を切らせて当方に提示させることを求める行動に出ました。もし、その要求を飲まないのであれば、直ちに顧問弁護士を起用して訴訟に打って出る旨も表明しました。

ギリシャでは、一部の他国と同様に、「小切手の不渡」は即刑事罰が適用され、会社の代表者は刑務所に収監されるという厳しい締め付けを意味するものでした。

そこで、「すぐに社内で協議する、今晩中に返事ができるか分からないが、近日中に必ず返事するので、訴訟だけは待って欲しい」と懇願され、当方よりは明日まで待つと言い残し、結果的には、その翌日にエージェントに対して、先日付小切手を切る代わりに、その金額を早期に振り込み処理すると返事してきたのでした。

延滞額全額の回収には繋がりませんでしたが、またギリシャ時間の為、その入金確認も我々がロンドンに戻ってからとはなりましたが、一応約束は守った形になりました。

その後、延滞残額の早期回収を求めると共に、まだ延滞になっていない債権に関しては、全て先日付小切手を予め提示するように要求したことを覚えています。

ギリシャで、債権回収上、唯一効果を発揮したのは、この「先日付小切手」の提示要請でした。

勿論、この提示要請に歯向かい、一向に状況が改善しない先もありましたが、新規出荷を停止することをチラつかせて少額ずつ延滞債権を回収していった事例もありました。

当方としても、訴訟費用を敢えてかけて、ギリシャで裁判に持ち込むことは本意ではなく、あくまでも延滞債権回収の為に、相手方にプレッシャーを与えることを意図した言動ではあったのは事実です。

私が欧州会社から本帰国した後も、暫くこのギリシャ向けの非鉄ビジネスは継続していたようですが、その後暫くして営業部隊の取引方針の変更もあり、今ではなくなってしまったと聞いております。

さて、次回の「その3」では、このギリシャ向けビジネスで、もう一つ経験した与信管理上の教訓事例がありますので、それをご紹介したいと思います。

今回の「その2」は、今となっては、非常に懐かしいギリシャでの債権回収交渉の思い出話でした。

リスク管理コンサル 髙見 広行

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