ハイチへの訪問調査の思い出を今語る!
審査マンとして活動していた前職時代に経験した数ある訪問調査の中で、特に記憶に鮮明に残っているものの中に、今から10年程前の米国ニューヨーク駐在中にカリブ海に浮かぶ島国の一部である「ハイチ」へ訪問したことは決して一生忘れることはできません。
本件は、食用油脂を取り扱うあるグループ会社の与信先に対して訪問調査を行う事案であり、そこそこ長い取引歴を有し、かつ商量もある程度纏まった取引(利幅も比較的厚い取引)を行っていた経緯があり、相応の与信金額が設定されておりました。
さて、当時のハイチに対するカントリーリスク評価は、今と変わらず厳しい評価が為されていて、基本的に短期取引と雖も、容易に新規取引の開始を検討できる国ではなかったことをお伝えしておかなければなりません。
では、なぜそんな国の企業に対して、与信を伴う取引が行われていたのか、疑問に思われる方々も多いかと思います。勿論、前職の日本の総合商社においても、新規に取引を開始できる国ではありませんでした。それは、そのグループ会社が前職の会社に買収される前よりずっと行ってきた取引であって、それを買収後も継続して行ってきたという背景があります。
回収条件は送金ベースで、最大で90日前後のサイトを供与しておりました。また同国にもう1社競合となる大手の会社向け(こちらは信用面で問題のない優良先)の与信があり、物流面で相積みで運ぶことができたというメリットもあり、取引を行ってきた経緯があります。
この訪問は長らく主管の営業部経由で強く働きかけてきたもので、カントリーリスクの高い国向けの高額与信ということで、定期的に開催された与信レビュー会議でも度々取り上げられ、議論が沸騰していた先でもありました。
ただ基本的に支払い遅延はなかったこともあり、審査部署同行での訪問調査の実施歴もなかった先なのですが、丁度その年に同国で大地震が発生したことを受けて、同国内での販売が予定通りに進まず販売量が落ち込んだことも影響し、遂に支払いに遅れが生じ始めたのでした。しかも、延滞額がそこそこ積み上がった為、その与信先への牽制の意味を込めて、正式に審査部署が現地に訪問することになった次第です。
ハイチへはニューヨークからは直行便が飛んでいますが、便数は限定されていました。出張前には現地の日本大使館宛にも事前に一報(メール)を入れた記憶があります。グループ会社から2名(営業&管理)のスタッフと私の合計3名で現地に向かいました。時期は9月でした。同国の治安は相当悪いと聞いていたので、厳戒態勢の中で現地に足を踏み入れたことになります。
入国手続は比較的スムーズだったと思いますが(ビザは不要)、ただその後空港内の出口付近には多くの民衆というか、迎えの人達が集まっていて、外に出て迎えの車に乗るまで、一苦労した記憶があります。確か、帰りは、時間が押していたこともあり、地元の警察の力も借りて、優先して空港まで送ってもらったような気がしています。
当時は地震の後だったこともあり、車で走っている道路の途中で一部陥没している箇所が数件垣間見られ、地震の被害の大きさを痛感しました。また路上に歩いている地元の方々の衣服ですが、暑さもさることながら、男性は上着を着ずに、裸で歩いている方が多かったのも印象的でした。同時に、大きな荷物を抱えて歩いている様子も目に入ってきました。
その売掛金に延滞が発生している取引先の本社事務所は、どちらかと言えば、あまり治安的には安全ではない低地の市街地にあり、当然入り口の門は頑丈かつ警備員も数名配備されている状況で、外部との接点を遮断している造りになっていたと思います。
社内に通されて、客先の社長と面談する機会を得て、最初に簡単な挨拶をした後に、今回の訪問の趣旨を伝えて、延滞の解消の目処、延滞発生の場合には契約条件に従い延滞金利をチャージすること、延滞解消の目処が立つまで新規の成約・出荷は原則差し控えるつもりであること等を淡々と伝えました。社長は同国ではやり手の方で、面談時の対応振りも真摯で、変な意味でのいい加減さは感じませんでした。朧げな記憶では社長のご親族も経営陣に入っておられて面談には同席されていたと思います。また、直接取り付けていた決算書関係の質疑応答については、財務部署の部長格の方が個別に対応してくれたと記憶しています。
その後、別の場所にある工場及び倉庫の見学・視察を行い、同社の現地オペレーションの全体像を自分の目で確認しました。会社相応の規模の建屋、設備、機械であり、極めて豪華なわけではありませんでしたが、普通のレベルにはあったと思われ、ただ大地震の影響で、改修工事が行われている箇所があり、物流面の問題で稼働率自体は60%程度ではなかったかと思います。
宿泊場所は、少し山を上った高い場所にあり、その辺は同国の富裕層の方々が住んでいる治安の良い場所のようで、ホテルエリアから程近い場所にあるレストラン(確かイタリアン)での料理はどれも美味しく、ワインの銘柄も揃っていました。夕食は取引先の経営陣と暫し談笑する形で、終始和やかな雰囲気でした。またホテル自体も普通のレベルでしたが、治安面で問題のない所で安心しました。ただ、ホテルの駐車場が地下にあり、そこへの入退場に相当時間を要したという記憶があります。セキュリティーチェックが厳重な為、仕方のない話なのですが、ホテルに出入りするのが億劫になってしまうという感じでした。
取引先2社への訪問(内1社が訪問目的ではメインの先)を目的とした1泊2日の出張は、あっという間に終わってしまったという感じです。特に治安面での問題に遭遇することなく、ハイチの現地の空港に辿り着き、そして無事にニューヨークの空港に到着した時には、本当に安堵感で一杯でした。
これまでカントリーリスクというものを実際に肌で感じ取った出張は他にも幾つかありましたが、そうしたカントリーリスクの高い国で、実際の大口与信先の訪問を行い、延滞解消の交渉まで行なったのはこれが最初で最後の出張であったと思います。審査マンとして非常に貴重な経験をさせて頂いたことに、ただただ感謝するばかりです。
その後の顛末は、少なくとも私が前職の会社を早期退職する時点までは、このハイチの客先が倒産したという情報は耳にしておりません。おそらく時折売掛金に延滞が発生するような事態が発生したとしても、結果的に大きな問題には至っていないのではないかと推察されます。現地訪問を通して、意外にしぶとい会社ではないか、と個人的には見ていました。
ただ、一言最後に申し上げますと、いつでも自由に治安面で安心して行けないような国にある取引先とは、やはり本来は取引を差し控えるべきだということです。直接のコミュニケーションを図れないというのは有事の際には大問題になります。前金だから、L/C取引だから取引をしてもいいだろう、というご意見にも私は異論を唱えます。それだけ、与信管理を実践する上で、カントリーリスクというものは重いものだということです。
与信管理コンサル 髙見 広行