ある朝突然やって来た米国Chapter11の悪夢

・皆さん、今年のお盆はいかがお過ごしですか? 猛暑に加え、豪雨や地震なども重なり、自然現象の怖さを実感しております。ただ今年は久々の行動制限のない夏休みとなりました。

・さて、今回のテーマは「与信管理」の中で、筆者が米国駐在時代に味わった出来事について、ご紹介します。

・筆者が、過去2010年4月から2018年6月までおよそ8年強の間、米国ニューヨークに駐在していた時に遭遇した与信管理上の忘れることのできないエピソードになります。

・ある朝、私が米国会社で定期的に開催されていた管理部門の部長(GM)会議に出席していた時のことです。これは、社内の横連携の一環として、管理部門に所属する各チームのGM(NSも含む)が集い、英語で各チームのトピックや行動予定等を発表する場です。大体30分程度で終了する会議なのですが、そこで自分の発表が終わった頃だったと思います。突然、携帯電話に、自分の部下である現地ナショナルスタッフから、1件のメールが飛び込んできました。

・「あるグループ会社の大口取引先が、Chapter11を申請した」という内容のメールでした。

・これが、2010年4月以降米国に駐在して初の貸倒事案で、しかもその焦付額は数億円にも及ぶ高額でありました。駐在後、幾つか別の危ない先は存在しましたが、何とかそれまで凌いできたというのが実態でした。

・それにしても、そのメールの一文を目にした時は、一瞬信じられない思いで一杯でした。

・その客先は、所謂「問題与信先」としてリストアップされていた先ではなかったこと(社内の信用格付も平均より上の部類でした)、そして、取引歴も相応にあり、近時の支払い振りも概ね問題がなかった先だったからです。

・Chapter11とは、日本で言えば、民事再生法ないしは会社更生法といった法的申請に該当するわけですが、上記の通り、完全にノーマークの取引先だったのです。

・以前もブログで投稿したことがありますが、米国でのこの種の法的倒産手続に対するアレルギー度合いは、日本とは全く環境が異なり、躊躇なく、そして回数に制約なく申請することはお伝えした通りです。

・私自身これまでも数多くの貸倒事案に国内外で遭遇し、心身共に擦り減らしながら業務に邁進してきましたが、正直本件の焦付は大きなショックでした。

・本件の取引概要を簡単にご説明申し上げますと、私が当時在籍していた総合商社が数年前に100%買収した、主にカタログ用高級紙を取り扱う紙卸を行うグループ会社での与信事案でした。株主である我々が一定の限度金額以上の与信案件を査定する立場にあり、一定の牽制をかけていたという状況でした。定期的に、そのグループ会社の与信レヴュー会議を実施して、総合的に客先全体の信用度のチェックも行っていました。

・買収会社の与信管理体制については、子会社の米国人経営陣との間で決して一枚岩でない面もありましたが、メリハリをつけつつ柔軟織り交ぜての管理を行ってきました。実は、本件の前に、本件と同規模の大口焦付案件となりそうな問題事案があったのですが、事前の情報収集・俊敏なアクションにより、見事全額損失発生を回避した成功事例があリました。

・そして、本件でChapter11を申請した会社は、米国内の日本で言うところの小中学校等に学用用品を卸す会社で、相応の事業規模があり、定期的な訪問と共に、決算書も入手していたと記憶しております。D&Bレポートの評価もそれ程問題視されるレベルではなかったのです。

・こうした中で突然起きた貸倒事案、我が審査チームは大きなショックに見舞われ、茫然自失となっていたことを思い出します。

・直ちにそのグループ会社を訪問し、相手先との事実確認の要請、自社のボジション確認等を行い、同時に速報板として社内報告書(本社宛を含む)の作成も行いました。

・そこで、新たに発覚した大問題が、「限度超過」という管理上の大きな問題でした。

・当事者であるグループ会社では、その相手先の客先の口座登録(会社コード登録)を、取扱商品の種類・場所毎に複数割り当てていた為に、親格の限度設定先1社と実際の債権発生先とが完全にシステム上紐つく管理ができていなかったのです。勿論、限度査定時期や与信レビュー会議の時などは、マニュアルで債権残を合算し、限度管理していたのは言うまでもありません。限度の使用割合は、季節によって浮き沈みがあり、限度にかなり迫る時期があったのは事実ですが、増額申請の要請をグループ会社から受けたことはありませんでした。

・ところが、Chapter11申請した時点での債権残トータルは、明らかに社内で設定された限度金額を超過していたのです。

・これは審査マンとしては、最大の屈辱でした。

・限度超過での貸倒は与信管理上論外であり、営業は勿論のこと、審査も管理体制を疑われることになります。

・その後の、同グループ会社での一斉与信レビュー作業の再実施を含めて、与信管理の厳格化に繋がったのは言うまでもありません。この案件を機に、ギクシャクした関係が露呈、結果的に与信問題や今後の営業方針等について、親会社との間での意思統一が図れないことが判明し、最終的に売却することでEXITを図るのでした。尚、本件投資勘定に関しては、幾許かの損失が発生したのは言うまでもありません。

・Chapter11申請直前に、纏まった受注が入ったようで、これは季節柄その流れは特に不審感感を覚えるものではなかったのですが、一つグループ会社側に欠如していたのが、それらの受注を合算して売上計上した場合、現在の有効限度内に収まるかどうかの検証作業になります。これが限度管理です。システム上チェックが効かないと言うのでなく、それはマニュアルでもできるチェックです。それだけ限度管理マインドが希薄であったことの証左であり、教育する立場としての我々審査チームの責任を大きく痛感しています。

・更には、こうした複数口座に跨がる取引がある場合を想定して、そもそも同社でのシステム管理の仕様改訂を正式に申し入れるべきであったと思います。例え、費用が掛かるとしても、与信管理上、問題を先送りすることに繋がりかねず、これは反省材料として残ります。ましてや、買収した米国の企業での与信管理であったので、尚更です。過去からの企業カルチャーが全く異なる中では、マニュアル管理だけを叫んでいても後の祭りになる、という実例です。

・そのシステム改良投資を仮に実施していたからと言って、本件の貸倒を回避できたわけではありませんが、心に傷が残る「限度超過での焦付」だけは回避できたと確信しております。最後に、本件の貸倒金額に対しては、法的手続の中で幾許かの配当収入は得ることができたものの、裏付価値のある担保・保証がない取引であった為、会計上も大きな痛手を蒙った事案となりました。

・この事例を紹介することで、今回、筆者が皆さまにお伝えしたかったのは、以下の3点です。

1)米国のChapter11は突然前触れもなく目の前にやってくること。

2)グループ子会社の与信管理は慎重にかつ丁寧に細心の注意を払う必要があること。

3)複数口座に債権発生が跨がるケースでは、社内でいつでも限度運用管理が機能するよう必要なシステム改良を行うべく指導すること(システム関連のコスト増より重要な事象)。

<リスク管理コンサルタント>

Rユニコーンインターナショナル株式会社

代表取締役 髙見 広行

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